平成20年8月4日

<美しい数学の話>

第52話 私の読書感」

                               

                  

   高校生のときに、当時国語の先生から、「本を読む」ように言われたことがあります。

あなた方高校生の十六,七歳のとき本を読んで得られる感激や感動は、後で読んだ場合とでは、格段に違っています。高校生のとき、本を読んでおけば、その後の人生を送るのに、どんなに役立つことがあるか計り知れません。紹介された本は、ドストエフスキー『罪と罰』でした。理系クラスの私にとって“今は、とても本を読む時間がないけれど、大学に入ったら、読んでみよう”と心にとめておきました。その後、大学に入ってから、市内の本屋でその本と出逢い、当時、アルバイトをしていた謝金の1ヶ月分くらいを払って購入しました。(しかし、当然、積ん読くになっています。)

学生時代は時間にもゆとりが出てきて、「松本清張」等の推理小説をよく読んだりしていました。また、高校時代に教科書に出てきた有名な文学作品などもこの時期に読みあさっていた記憶があります。さらに、外国の作家では、スタンダールの「赤と黒」、トルストイの「戦争と平和」、最近では、シドニー・シェルダンの「真夜中は別の顔」「血族」「ゲームの達人」「時間の砂」等を読みました。

本を読むときに注意していることは、カタカナの人物は大変覚えにくいので、必ず、人物像や人間関係等をメモしておくことです。でないと、人脈が分からなくなります。特に、事件など起きた場合は、動機や人間関係の「機微」が曖昧になりがちになります。

数学について書いてある本では、「オイラーの無限解析」、「オイラーの贈り物」、「数の悪魔」、「数学の知性」「数学の宇宙」「図解雑学フェルマーの最終定理」「数学ガールス」など完全読破したことがあります。教育関係では、「人間になれない子どもたち」「国家の品格」です。「国家の品格」に、次のことが書いてあります。「人間にとって最も重要なことの多くが、論理的に説明できないということです。」また、江戸時代、会津藩にある日新館という藩校があり、ここに入る前の弟子に対して「什(じゅう)の掟」があり、七箇条の最後に「ならぬことはならぬものです」と書いてあります。このことを知っている人間とそうでない人間では、その後学校生活や社会にでてからの生き様は同然違ってきます。日本人が持っている高い道徳がここにあります。

   南高校生に皆さんも是非、自分にマッチした本を読んでおいてください。

  私など、時間があるときは、毎夜寝る前に、寝転がって数学の本か、もしくは教育に関する本を読んでいます。心地よい眠りにつくことができ、寝起きは、今日も元気に仕事(勉強)をしようという元気を本から頂いています。

 

 

 

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