令和2年7月23日

南宮神社の奉納算額について 

1 初めに

 江戸時代に発達した文化には、詩歌、茶道、華道などがある。和算もその1つである。
 この日本独自の和算が西洋の数学と大きく異なる点は、学問としてというよりも民衆の文化として発達したところにある。
 和算は、各階層・各地方へと伝播していったが、その要因の一つには江戸時代中期より発生した数学の絵馬(算額)の影響があった。
 天保13年(1842)に岐阜県不破郡垂井町宮代の南宮大社と天保12年(1841)に岐阜県養老郡養老町高田の田代神社に奉納した記録がある。

田代神社には現在算額が残っていて大変貴重である。
しかも天保年間の算額としては額面の色もきれいで珍しい。
残念ながら南宮神社の算額は残っていない。
数学に興味のある私にとってはこの奉納された算額を原稿にしたく筆を執った次第である。

 

2 和算

 和算とは中国数学を土台として、江戸時代に日本で発展した数学のことをいう。
江戸時代有名な和算書に寛永4年(1627)に吉田光由が発行した「塵劫記」があり当時のベストセラーとなり、広く出回っている。
和算家には関孝和(1640頃〜1708)が有名で、円周率や積分の研究(現代の積分法でなく、当時は区分求積法で無限級数として表している)と独自の記号
方の開発等、和算の発展に偉大な功績を残している。
当時は和算という言葉はなく、算術とか算法といった。和算の特徴として次のようなものがある。

@ 遺題継承

 ある人が答えや解き方を除いた問題を自分の著書に載せる。
このような問題を遺題という。この遺題を見た別の人がその問題を解いて自分の著書に載せる。
この人が自らも遺題を載せれば遺題が継承される。
これを繰り返されて、より難しい問題、多種多様な問題を発展し、和算の発展に大きな影響を及ぼした。

 

A 算額

算額奉納は18世紀の終わり頃から十九世紀の初めにかけて盛んに行われた。
算額とは数学の絵馬のことで、神社や仏閣に掲げられた数学の問題とその答えを書いた額のことである。
 ただ、解き方は書いていない場合が多い。1997年の調査によると、全国に奉納された算額数は文献上を含めて一1600面以上あり、970面余りが現存している。

 算額奉納の理由としては

一つ目に、難問や自分の会心の問題が解けたことを神仏に感謝する。

二つ目に、人の集まる場所で、人に知らせる掲示板となり研究発表とする。

三つ目に、自己の学力を誇示して流派の勢力を示す。

四つ目に、何かの記念として掲げる。

 算額は図形の問題が多く、図を色付けしたりして、美しい形のものが求められた。また、答えも簡単明瞭な数字になるように工夫してあるものが多い。

B 遊歴算家

和算を教えながら旅をした人を遊歴算家言い、寺や名主の家に滞在し数学を教えている。彼らの出現で村の庶民もある程度のレベルで数学ができるようになる。

C 和算の道具

 和算は算木(さんぎ)やそろばんを数値計算の道具として使用した。また紙の上で式を書き表すことができるようになり難しい問題も解けるようになる。

 

3 南宮大社奉納算額

IMG_2142

(写真は岐阜県不破郡垂井町宮代の南宮大社と高舞殿)

所掲美濃宮垡南宮境内高舞殿歳次算額題初編額面字

     

奉獻歳次算額初編

 

 第一問題

今有如圖楕円内容赤円及最多等円及赤円二与円一利者楕円短計徑他円數者起三逐而以偶數増之只今赤円徑若干円徑若干問得円數術如何

 

 答曰依左術即得

術曰以円徑除赤円徑倍之加一自之得円數合問

 清水政英門人 十六  坂井司馬佐弘秀 謹考


題意

 楕円内に赤円2個と最も多くの青等円を入れる。赤円2個と青円1個との直径の和は短径に等しい。
青円3個から初めて逐次偶数個を増すとする。

赤円径と青円径をそれぞれ知って青等円の個数を求めよ。

 

第二問題

今有如圖不等円不均斜數多小所尺五斜者仮画之内容赤円甲斜傍並列等円三績乙斜傍列青等円数只云甲斜若干乙者若干問得等円數術如何

 

 答曰依左術即得

術曰以甲斜除乙斜倍之如一得等円數合問

 

 清水政英門人  表佐 清水林平政備  謹考


題意

 多角形(辺数は無関係、ここで仮に五角形とする)の内へ赤円を入れる。

互いに外接する3個の青円は甲辺に接し、乙辺に接するように青等円数個を互いに外接させる。
甲辺、乙辺の長さをそれぞれ知って青等円の個数を求めよ。

 

 第三問題

今有如圖扇面設直線黄円一円二及黄円徑取三分之四爲円徑及赤等円數仮画七只云円徑若干赤円徑若干問赤等円數術如何

 

 答曰依左術即得

術曰以赤円徑除円徑得内減一三分之一餘乗円周率不尽乗之得赤円數合問

 

清水政英門人  梅谷 衣斐半右衛門遠光  謹考


題意

 扇面内に直線を引き黄円1個、青円2個(黄円の直径の4÷3を青円の直径とする)と赤円(等円)数個(仮に7個)を入れる。
青円、赤円の直径を知って赤等円の個数を求めよ。

 

  第四問題

今有如圖釣股内容不等三角五只云赤面若干K面若干問得曰面術如何

 

 答曰依左術即得

術曰置赤面加K面得白面合問

 

土屋信義門人  高田  十二歳 土屋房吉信朝  謹考


題意

 直角三角形の内へ、異なる5個の正三角形を入れる。赤、黒の一辺の長さをそれぞれ知って白の一辺の長さを求めよ。

 

第五問題

今有如圖円内容五不等円及各隣円周相切而無動只云K円徑若干赤円徃若干円徑若干問得黄円徑術如何

 

 答曰依左術即得

術曰K・赤円徑除円徑□□内減一以除円徑得黄円徑合問

 


土屋信義門人  高田 十三歳 井口百一郎正晨  謹考

 

題意

 相異なる5個の黒赤青黄円は互いに外接して1つの円に内接している。
黒、赤、青の3個の円の直径を知って黄円の直径を求めよ。

 

第六問題

今有如圖直内容四不等方K赤黄只云直長若干問得直平術如何

 

 答曰依左術即得

 

土屋信義門人 高田  土屋武三郎信篤 謹考

算額予備図6

 

題意

 長方形に四個の異なる正方形黒、赤、青、黄を入れる。長方形の長辺の長さを知って短辺の長さを求めよ。

 

  第七問

今有如圖大圓内容三等楕圓及二等赤圓而大圓外被六等K圓(K圓周相切狭楕圓周大圓周)若干問得大圓徑術如何

 

 答曰依左術即得

 術曰置一十零平方開之號極置一十八平方開之號極内減一號極餘乗K圓徑得大圓徑合問

 


 幽齋谷先生門下  高田 土屋武三郎信篤  謹撰

 題意

大円内に相等しい3個の楕円と、相等しい4個の相等しい赤円を入れる。
大円外に相等しい六個の黒円を、黒円周と楕円周は相接し大円周で外接するように書く。
黒円径を知って大円径を求めよ。

 

 第八問題

今有如圖圓内容楕圓及校形与K白八圓(K白圓周相切挟楕圓周)只云楕圓短徑若干又云最大白圓徑若干問K圓徑術如何

 

 答曰依左術即得

 術曰置二ヶ平方開之號天加一乗白圓徑號地四之以短徑吊除之號人乗地以減一餘平方開之以除一内減天餘以人除之半乃得K圓徑合問

 


 幽齋谷先生門下 高田   土屋武三郎信篤  謹考

題意

円の内へ楕円とひし形を入れ、白円、黒円を8個、黒円と白円は外接し、接点で楕円に接するように書く。
楕円の短径を与え、また最大になった白円径を知って黒円径を求めよ。

 

 第九問題

今有如圖球内容赤球其罐隙以五色球環列之(責内無動)只云赤球徑若干球徑若干白球徑若干問外球徑術如何

 

答曰依左術即得

 

術曰置三平方関之乗赤徑差以減赤徑和餘乗白球徑内減赤徑相乗二段餘以除三徑連乗得外球徑合問

 

幽齋谷先生門下  高田  土屋恭次郎信義  謹撰


 題意 

球内に赤球、青球を入れ、その隙間に5個の球を環列に入れる(相互に接するように)。赤球径、青球径を知って外球径を求めよ。

 

 

第十問題

今有如圖球面畫白方内容赤圓象(方象畫筆心向球心)

只云球徑若干圓徑弦若干問方象面術如何

 

 答曰依左術即得

 

術曰以球徑除圓徑弦自之擬弦以一擬圓徑依弧術求共背乗球徑巾得方象面積合問

 

幽齋谷先生門下  高田  土屋恭次郎信義  謹撰


 題意

球面に白正方形を書き、その内へ赤円柱を入れる(円柱の軸は青球の中心を通る)。

球径と赤円径をそれぞれ知って正方曲面積を求めよ。

 

 第十一問題

今有如圖以内外圓挟K白三圓及黄不等圓□□圓數及び假畫七各隣圓周相切而無動只云K圓徑若干白圓徑若干圓徑若干隋黄圓數問得其圓術如何

 

 答曰依左術即得

 

術曰置K圓徑爲通實以白圓徑除之爲白率列加一内白率二段餘名日三之内減一与白率差二段餘名月列黄圓數乗日加月乗黄圓數半之加率爲其圓徑率黄圓數加一名日加一名月倍之乗黄圓數及白率名星列黄圓數加月因率乗日内減星餘二帰爲其圓徑率以除通實得其圓徑合問

 

幽齋谷先生門下  表佐  清水伊藤治政英  謹撰


題意

2個の円を挟んで黒、白、青の3円と黄円数個を入れる(仮に7個とし、互いに外接している)。
黒径、白径、青径をそれぞれ知り、黄円の個数を知るとき、それらの直径を求めよ。

注 原書には不明の文字が2字あり、題意は推測による。

 

 第十二問題

今有如圖長立圓内容赤等球二其虚以黄球數環之及隣々相切而無動只云長立圓徑若干短徑若干問得黄球數術如何

 

 答曰依左術即得

術曰以長立圓長徑除短徑五之得以減一十一不尽棄之得黄球數合問

 


幽齋谷先生門下  表佐  清水伊藤治政英  謹撰

 題意

回転楕円体に赤球を2個入れ、その隙間に黄球数個を環状に入れる。

回転楕円の長径と短径をそれぞれ知って黄球の個数を求めよ。

 

天保十三年士寅正月 関流后学 取次 不破任勢守

 

注 奉納された算額十二題は東北大学理学部図書館の蔵書からで、現在では南宮神社には保存されていない。

 

注 幽齋谷先生は天保十二年十月に死去されているので、遺弟(ゆいてい)として奉納されている。

 

 

 

4 南宮大社の算額の答

 

第1問から4問までは第384回数学的な応募解答に掲載

第5問から8問までは第385回数学的な応募解答に掲載

第9問から12問までは第386回数学的な応募解答に掲載

 

5 谷 松茂(まつしげ・しょうも)

 寛政12年(1800)〜天保(てんぽう)12年(184110月3日死去。42歳。

江戸時代後期の和算家。諱は松茂、通称は次郎八、字は士好、号は幽斎。代々美濃国大垣城下で印刷彫刻を業とし、屋号は版木屋、父は良八。

     

彼は和算を大垣藩の儒者水野民興らに学び、当時全国的に著名な和算家で名古屋の北川孟虎に弟子入りをしている。

また、自らも大垣で和算塾を開き算法・算術を多く人に教えている。
さらに、和算家谷幽斎は数学の問題を算額として神社等に掲げている。

 

著作に「綴術新意」「幽斎算約初編」など。美濃・飛騨に多くの門人がいて、近くでは土方与助(大垣)・田中与惣治(久瀬川)・河毛善十郎(久瀬川)・土屋信義(高田)・土屋信篤(高田)・清水政英(表佐)などがいる。

 

6 まとめ

 

南宮大社に奉納された算額の出題者の中には、谷幽斎先生門人で清水伊藤治政英(表佐)、土屋恭治郎信義(高田)、土屋武三郎信篤(高田)がいて、彼らが村に帰って算木やソロバンを使った和算塾を開いている。清水政英の門弟に清水林平政備(表佐)、衣斐半右衛門遠光(梅谷)、坂井司馬佐弘秀(十六)がいることが分かる。また、天保十二年に田代神社へ奉納された算額によれば、土屋信義に至っては土屋房吉(十二歳)、井口百一郎(十三歳)、日比野平之丞(十一歳)という子供らを教えている。このように表佐・高田と近くの村まで広がりを見せ、庶民が楽しんで和算を学んでいることがわかる。ここに挙げた名前の子孫の方がお見えなら是非会いたいものです。
 算額の解答については、南宮大社の第五問と第十問の答えはあるが、解けていない。第十一問と第十二問は現代でいう二重積分法や三角関数等を用いて解けるには解けるが、当時はそれらの概念はないので、どのようにして解いたかは分からない。さらに、天保十二年以降に、幽斎谷先生が亡くなられた後に、南宮神社に門人生が奉納した算額(九題)が「岐阜県の算額の解説」に書いてあるが、これも現存していない。
 全国の神仏仏閣に奉納された算額は江戸の庶民の生きざまを知ることができる貴重でかつ、素晴らしい文化財的な要素を有する。これらの文化が失われないようにしていきたい。

 

7 現存している田代神社の算額(養老町指定文化財)

 

奉納算額

下の写真は、天保12年(1841)8月に関流和算家谷松茂門人・土屋信義門人が奉献した年次算額である。

 

(算額の大きさは横六十五センチ縦九十九センチ)

 

8 出典文献と参考資料

一 岐阜県の算額の解説 垂井町府中の木重之著 

二 平成三十年度大垣市文化財保護協会 講演資料

  演題 「江戸時代の数学」〜その文化財 算額〜

  講師 名古屋大学非常勤講師 深川英俊 氏

三 平成三十年度西美濃生涯学習連続講演資料

  演題 江戸時代の庶民の算術 和算と算額

  講師 名古屋大学非常勤講師 深川英俊 氏

四 養老・上石津神社の棟札・絵馬・古文書史料集

五 輪之内町制施行五十周年記念出版

  「郷土の輝く先人 下巻」森島簡斎 項

tasirojinnsya

注 写真は田代神社

 

 以上は2020年「垂井の文化財」第44集に投稿した文献です。

 

9 複製の決意

江戸時代末期、大垣で和算塾を開いていた谷幽斎先生の門弟が、前年に亡くなられた師を偲んで、天保13年(1842年)南宮大社に算額(絵馬)を奉納しました。

この算額は残念ながら現存していないのを知り、県内初めての複製を考えました。

そこで、全国の神社仏閣に奉納された算額は、「制限時間もなく、数学の問題を考えて楽しむ」という文化が江戸時代にあったことを示している。また、漢文で記した算額を古文書とみることができ、中には、江戸時代の庶民の生活様式を読み取れるものもある。このように貴重で文化財的な要素を持っている算額を後世まで絵馬にして残していきたい。

さらに、小学校六年の算数には「和算にふれてみよう」として、鶴亀算の問題や、江戸時代和算の開祖である関孝和らが紹介されている教科書もあります。児童・生徒が算数・数学が好きになるきっかけとなるように、奉納された算額を見に、南宮大社に参拝していただければと思います。

奉納日は、令和2103日午前10時になります。

 

南宮大社奉納算額 複製版

IMG_2522

IMG_2523

 

 最初のページへもどる